※ホモじゃなかった
※オチが弱かった
※変態がいるだけの話








 今日も今日とて下級生との追いかけっこ(というか逃走劇)に強制参加させられた彼は、疲弊しきって寮塔へ辿り突いた。時刻はゆうにティータイムを軽く過ぎ、日も地平線へと傾いていた。部屋に帰ったら今日の授業の復習と、明日の予習をしなければならない。そういえば、そろそろ通販で頼んだ「精神への苦痛」第三巻が届いているはずだ。引き摺るようだった足取りにほんの少し力が戻ったのを感じながら、イエイガは蜜柑色に染まった廊下を渡り、長い長い旅からようやく自室の前へと帰還したのだった。

 「………?」

 しかし。それは、違和感、という他ない。
 普段通りの穏やかな空気、西日が射し込む静謐なる水の塔。イエイガの住まう508号室の扉はどっしりと主の帰宅を迎えていた。はずだ。
 だが、彼の勘はぴりぴりとした緊張感を訴え続けている。例えて言うならば、品のある妻から僅かに香る、隠しきれぬ淫蕩の気配。まるで意図して日常を演じているかのような、どうしようもない普段とのズレ。
 無意識のうちに拳を握りながら、イエイガは扉に鍵を差し込んだ―――カチリ。手ごたえはいつも通り、なんの変わりもない。こじ開けられた形跡もなかった。

 (追われ続けて、神経が参っていたのだろうか)

 精進しなければならない。引き続き警戒は怠らずに、しかし先程までよりは格段に安堵を感じながら、彼は安寧の地へと足を踏み入れた。…そして、


 「おかえり、イエイガ・デ・シエシアデ。存外良い部屋だ。お邪魔しているぞ」
「誰だお前」

 流れるようにツッコんだ。ツッコまざるをえなかった。

 彼のベッドの上には、何やらくつろいだ様子で腰かけ、イエイガが心待ちにしていた雑誌を誰よりも早く開封して読みふける男が、一人。
 その不躾な態度へ覚えた怒りを隠しもせず、イエイガがずかずかと大股で歩みより勢いのままに雑誌を奪い取ると、男はその怒りに今さら気がついたかのように目を丸くして彼を見上げた。葡萄酒色の目は驚きばかりを湛え、その内には気まずさも焦りも見当たらない。イエイガは当然のことながら、その年下らしい無礼な男に酷く気を悪くした。
 不機嫌を隠しもせず、無言で見下ろし続けるイエイガにようやく気付いたのだろうか、怒りを込めて睨んでいるうち、男の様子は徐々に落ち着きを失っていった。
 下級生、それも女子とあっては大人げない態度もとれないが、眼前にいる青年は同性であり、世間的には成人として扱われても問題のない年齢だった。場合によっては学生課に訴え出ることも辞さない、内心覚悟を決めたイエイガは、男の目的を問い詰めるべく口を開いた。
 しかし彼の口が音を発しようとすると同時に、男は一度瞬きをし、すっくとその場に立ちあがった。
 間を奪われたイエイガが息を飲み、男はそのまま優雅に会釈する。明らかに、主導権を握られつつある。そう気が付いた彼は、意思を固め、改めて男を威圧しにかかり―――

 イエイガの声は、とうとう、失われた。

 目線が近くなって初めて気付く。闇を模したかのような紺色のローブから見え隠れする銀色、それが真っ直ぐと男の首へと向かい、長く伸ばした灰色の髪の奥に隠れた、無骨な造りの赤革の首輪へ繋がっていた。

 「直接会うのは初めてだったな。私の名はネブラ・トリア・プラトゥム。専攻は死霊術。将来的に君の心と体の親友になる男だ」

 どう見ても変態です、本当にありがとうございました。




 


 変態をいくつかの約束を犠牲になんとか追い返したイエイガは、その夜。
 新たに知らされた変態吸引機と呼ばれている事実を胸に、なんかちょっとだけ、泣いた。
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