探偵助手アウラの朝は早い。厳格な警察官である父のもとで育ったアウラは、そうでなくとも規則正しい生活を余儀なくされていたし、今の生活は自転車で十分の職場と、片道一時間の道のりを通った高校時代と比べればむしろ余裕のある生活ではあるが、とにかく、アウラの朝は早いのだ。
今日も今日とて、小さめのおにぎり二つに母特製の佃煮を詰め、火で軽く炙った海苔を巻き、適当に冷蔵庫の中のものを入れたお弁当箱をつくり双方をランチバッグにしっかりと詰め、その後うっかりと朝のニュースを通り越して主婦に役立つセール情報なんかをチェックして、未だに時間に余裕があるからと買ったばかりの小説をパラ読みしたり昨日持ち帰った書類の存在に気が付き部屋へ戻ったりして、それからようやっと家を出発したとしても、アウラの朝は早い。
午前九時十分前。
古い貿易商家の持ち物件を改装したという、赤レンガづくりの壁に黒い金属扉、緑の蔦がゆるやかに影をつくる、街中にあって少々目を引く建物がアウラの現在の職場である。表向き、というのか、その建物に用のない人間向けへの言い訳のような看板には、扉の色に合わせ燻した地色に「郷土資料保管庫」と彫金で形取られている。
アウラは慣れた足取りでその扉へと向かう低い階段を上り、良く油のまわった金属扉を静かに引いた。
周囲のオフィス街に通勤途中とも思われる、通行人たちの目がアウラへと向かう気配が背に感じられた―――高校時代の彼女のように、「この建物はいったい何なのだろうか」と気にする者は未だ少なくないようだった。意識して涼しげな顔を保ちながら、彼女は職場の入口へと滑り込んだ。
日当たりの良い中通りに比べれば、少し明度の落ちたレンガ館の大廊下で、アウラの口元はふと綻んだ。この物件を選んだ雇い主と同様に、彼女は「そういう」シチュエーションに、弱い。
雇い主曰く。
「秘密とか機密とか自分だけが知っている真実とか、そういうのって浪漫だと思うんだよ」
その、浪漫、という点においては雇い主と異常に気の合うアウラは、このミステリアスな空気を纏うレンガ館をなかなか気に入っていた。
白く落ち着いた光を放ち、かつかつとヒールの音を響かせる石畳も、アンティークのランプを利用したという黄味がかった照明も、入口の重い扉を想起させる黒塗りの木製扉も、品の良い彫刻が施されたアッシュゴールドのドアノブも、この職場のレトロな雰囲気を壊さずに保っていたし、なによりも「それらしい」のが良かった。
まったくもって、よくできた舞台だ。
アウラはスポットライトが煌々と照らす舞台に上がる役者のように、その頭にのった丸いキャスケットを改めて被り直すと、深呼吸の後に大きくそのドアノブを押して、本日初めの業務に取り掛かることにした。
「おはようございます!!…所長!またソファーで寝てるんですか、起きて机に向かって下さいほら早く!!」
「出勤しただけで…偉いと思わないか…?」
「思いません!依頼人が来たら恰好悪いですよ!」
「うぐ…が、がんばる…」
表の名を、郷土資料保管庫。
真の名をして、誰もが疑う、それでいてそこそこ有能な、
霊能探偵事務所、本日も営業開始である。
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「…ごほん。ではあらためて、アウラくん」
「はいはい」
「五分遅刻だ」
「十分前ですけど」
「言ってみたかったんだよ」
この物件はもともとエディくんとこのを買い取って改造してあります。第一話依頼人のケリーくんは、エディくんを仲介に依頼しにきたのだと思いますし実際の依頼内容も考えてるわたしきめえな。
参考:魔眼探偵()ネブラ
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