セータ・ロッソが子供のように笑ったのは、本当に子供だった時以来のことで、それはつまり、子供のように、と例えられたのはほとんど初めてだということに等しかった。
 セータがその笑った自分を知るのはとても容易なことだった。なぜなら、彼女はかつて女を売り物にした職業に就いていたプロフェッショナルであり、自分の表情を意識することにおいては未だにその道の者に引けをとらない自覚ぶりであったからだ。
 つまり彼女―――あるいは彼、は、実に数年ぶりに「意識せずに」表情を作り出していたのである。
 学院に通い初めていくぶんかした後からその傾向にあったのは気づいていたが、彼女はこのときしばらくぶりに、まったく健全な感情を取り戻した、と確信するに至った。

 「わたしはどこかおかしいのかもしれないわ」

 セータは愉快な気持ちを抑えきれないまま、くふくふと笑い声さえ漏らしてそう言った。「ええ、まったく、へんな気持ちよ」
 向かい側の席のエヴァンスはたいへん憤慨したように眉をきつくつりあげた。それは、穏やかな彼には珍しい顔で、セータはますます抑えきれないといったように笑い声をあげた。

 「おかしいことなどあるものか。ロッソ、君が幸せなのはなにもおかしいことじゃない」
 「ええ、そうねエヴァンス。その通りよ」

 エヴァンスが怒りを示したのは、セータが自らの幸せに違和感を覚えたからだというのだから、まったくもって彼の温厚さを表しているようで―――彼は怒っているのに!―――セータは、このままでは笑い死んでしまうかもしれない、と不安を覚えたほどだった。
 けれど何よりも彼女が可笑しいのは、彼の温厚さや、自分の変わりようなどではなかった。セータは目じりに浮かんだ涙を拭って、

 「あなたと一緒にいるのだものね、幸せでないはずがないわ」

 と、はっきりとそう言った。
 セータの予想通り、かわいそうにエヴァンスは泣きそうな子供のように、赤く染まった顔をくしゃくしゃにゆがめた。「わたしたちは似ているわ」そうセータは思った。育ち損ねた子供同士、今になって育ちなおしているのだろう、と。
 セータの幸せを肯定したばかりの男は、しどろもどろになって謙遜する。かわいい男だ。表情を操れなくなるくらいに、一緒にいると楽しい男。それが、今のセータの幸せの形だった。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。