さも偶然かのように装って、細い影の向かう方へ歩みを進める。
 その影の輪郭が時たま失われることを知っているのは、彼と同じ死霊術士くらいのものだろう。

 「死蝋にするには少し勿体ないかな」

 年上、それも上級生に対する口調でないことは重々承知していながらも、ネブラはその男の観察を止めなかった。悪い子は嫌い、と彼は言う。きっとネブラは好かれないだろう、と知っているから、無理をして敬語を使う必要性は感じられなかった。敬語をつかうほどの余裕など、死を前にしたネブラは持ち合わせてはいない。
 予想の通り、相対するネリネガは殺気すら漂わせてネブラを睨みつけた。当然だろう。友人を通じて、彼には既に「ネブラという人間は死に関するものの蒐集癖がある」という情報が伝わっているはずだった。自らも死霊を内包していながら悪を嫌う、矛盾ともいえる姿勢をもった彼にとって、ネブラの存在は劇薬にしかならないのだろう。ネリネガの視線はどこまでも冷たい。
 脳へ向かう血流が増え、じんわりと脳髄が熱くなる感覚を覚えたネブラはその熱を少しでも逃がそうと息をつく。死を内包した男がこちらを見ている。殺意に揺れる魔力すら死霊と分かち合っている。生気のない体。相反するように生気をぎらつかせる瞳。これは一つの到達点だ、とネブラは薄く笑う。

 「君の話は聞いているよ」
 「光栄だな。私と友人になる気は?」

 畳みかけるようにネブラは問う。些か、急いている、と自分でも思ったが、死について考える時、ネブラはいつも自分を制御することはできなかった。返事はやはり、より明確になった殺気だ。断られるのは予想していたけれど、これはなかなか、死に拒絶されたようでどこか切ないものだ。

 「私は君を許容できる、と思うのだけれど」

 ネブラは少しだけ遠慮がちにそう言った。油断させようとか、そういう意図はなく、ただ真実、ネブラは彼と親しくしたいという一心でそれを口にしていた。当然のことながら彼の誠意は死に向かっており、信仰対象とも云えるそれをネリネガが内包している限りは、ネブラはあくまで紳士的に対応しようと決めていたのだ。
 ネリネガはやや虚をつかれたかのように息を飲んだ。邪悪な人物はその在り方全てが邪悪というわけではない、ということを、思いだしたかのように。

 「あなたがどう聞いているかはわからないけど。私は、誰かに『そう』あることを強制したことはないし、いつも、双方の了解をもって行動に移しているつもりだ。だからあなたが拒絶するというなら、私は無理強いしない」

 ネリネガは視線を落とした。本来は激しやすい性格ではないのかもしれない、と彼は事前に得ていたネリネガの情報を思い返した。下級生に講習を開くほどの知識と人格。歪んでいるのは根本ではなく、枝葉の一部なのだろうか。
 針金のような男の、教習書を持つ手の関節がますます白くなる。なにかを堪えているような表情は、どこか淫猥だった。

 「けれど、君のような人間を許すことはできない」

 吐きだした言葉は完全な拒絶ではなかった。―――少なくともネブラはそこに、反語を使わせるだけの切っ掛けを掴んだ、と思った。何も一度で全てを得ようとは思わない。死蝋作りだって、魔術を使わなければとても長い年月を必要とするのだから、ネブラは結果を急くような真似はしない。

 「…また今度、話しに来るよ」

 僅か、しかし確実に感じた手ごたえに、ネブラは微笑んだ。
 歩み去るときに通り過ぎた男の背は痛みを堪えるように少しだけ丸まっていた。まるで寂しげな子供のようで、ネブラは抱きしめてやりたい気持ちを抑えるのに随分と努力しなければならなかった。
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