寝床に「それ」を広げて、仇を見るかのように睨みつけながら彼女は思った。何故私は悩んでいるのだろう、と。突き返せばいい、と彼女の中の彼は言った。どうせ着ることは無い。そのうち時代遅れになるだろう。このまま部屋に置いて、誰に見つかるとも限らないぞ。もしそうなれば―――学院を通して家に伝われば、お前の夢は潰えるだろう。死を見つめることが叶わない日々に戻りたいか?答えは、否、だ。
 なるほど、彼女が男だったならそう考えることもあるだろう、想像に難くない結論だった。理性的かつ、欲望に素直な、実に彼らしい答えだ。
 けれども、その華やかな衣から目を離そうと試みることは、やはりできなかった。

 「ばかなことを」

 誰に向けたらいいかも分からないまま、ぽつり、と呟いた。
 おんなを求められたとて、自分ですらその実像を捉えきれてはいないのに。あれはどうしてそれを指差すような真似をするのだろう?釣られてそちらを見たとして、どうして「わからない」ことへの悔しさ以外の感情を覚えようか。彼女は揺らぎ続けるその像を確かめるように、緊張で冷たくなった指先で艶やかな衣の裾をきう、と引いた。

 「皺がついてしまっては、返すことは難しいように思いますが」

 常に宙に浮いたような印象を与える使い魔の声が、ますます浮かれた響きをもって彼女の背に投げかけられた。彼女は眉根を寄せたが―――言い返すことは、しなかった。彼女の使い魔はめったなことでは気分を害さない扱いにくい相手だし、何より、これから多大な迷惑をかけることが彼女のなかで決まりつつあったからだ。

 「分かっている」

 深い息と共に、彼女はようやくそう言った。

 「私は、礼を考える必要がある」
 「そのようですね、マスター」






 静かにティーカップを傾けていた男が、ふと顔をあげて言った。

 「何か妙なにおいがする」

 ネブラは笑って、周囲を見回す男を安心させるようにと穏やかな声を慎重に作った―――緊張に堅くなったこぶしをさり気なく隠しながら。

 「実験の名残だ。いずれ、散るだろう」

 いまいち納得のいかないような顔をした男に、ネブラは続けて言った。「それより、茶菓子の方はどうだ?」
 男は、シンプルなバニラクッキーを口に含んで、

 「とくにどうということはない」

 と、彼らしく興味の無さそうな口調で応えた。
 ネブラはそれを聞いて、機嫌が良いのを隠しもせずに、「そうか、そうか」と何度も頷いた。失敗作の臭いと練習台に辟易としていずこかへ去った使い魔がいれば、鼻で笑われてもおかしくはないほどの上機嫌であった。

 「ドレスはどうした?」

 男が聞いたときも、やはり上機嫌だったネブラは、

 「花冠祭のときくらいは、着てやっても構わない」

 と、そう答えた。「実験が成功したからな。今の私は気分がいいんだ」駄目押しのように付け加えた言葉に納得したのか、それとも理由そのものには興味がなかったのか、男はただ頷いて、紅茶に再び口をつけた。
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