「夢の中であなたを見た気がするのよ」
酷い不眠と頭痛を訴えて訪れた主婦はその翌日、優しげな桃色の包装紙につつんだタオルを持参し、二度目の受診に訪れた。
ああ、だから彼女の悪夢は繊維にまみれたものだったのか、とムウは内心深く納得した。技術屋に嫁いだ女の苦労話は、いつの時代も恐怖神話のように語られるものだ。
「私ですか」
ムウは何時ものように意識して硬い口調を作り、片眼鏡の位置を合わせながら―――それは、時たま必要以上の威圧感を生み出す―――主婦の言葉を継いだ。実際の人柄と現実を解離させる、それは夢渡りの技術の一端だ。このように、夢の侵入者を自覚する人種というものは、ときどき存在する。しかし、夢の中の「本来のムウ」があまりに牧歌的であるものだから、その整合性がとれずにこうして「夢」と処理するのだ。
「そう、あなた」
さ迷う目。彼女は噛みきれない硬いパンを含んだような物言いで、いうべきことを探していた。言いたいことはムウにも良くわかる。ひとは、自分の夢の中に他人を介在させることについて、つよく思い入れを持つものだ。…実際にムウがいたのは、患者本人の意思でなかったとしても。その意味合いが自分のなかに存在するのではないかと、悩める女は自らを訝しむのだろう。
「…あのね、笑っちゃうんだけど」
やがて主婦が切り出したのは、ムウが半ば予想した通りの答えだ。
「…ええと、…白と黒の豚みたいなものに乗っていたのよ。それも、農具のようなものを担いで。……あの、ごめんなさいね、変な夢を見てしまって」
―――女の語ったそれは、バクである。ムウの持つ、夢を渡り悪夢を食らう力の、夢においての具現者だった。
バクは悪夢を食らう。
それは、そういう力を持つ、ということよりも彼ら自身にとって大きな意味を持っていた。つまり、悪夢が主食なのだ。
夢を食らえなければ栄養失調で著しく弱るし(たぶん、それが過ぎれば死ぬのだろう。それ以外の死因が多いので具体的なことは不明だけれども)、夢を食うために夢に干渉する力を持っている。
患者が「白と黒の豚みたいなもの」と呼んだのは、意識と意識を渡るための驢馬のような役割を持つし、農具と呼ばれた刺又は、悪夢の核となる力を捉え、食べるための武器であり食器であった。
夢を食らうことで、その持ち主に影響を与えることは少ない。精々が、夢に留まり続けようとする力を失った宿主が、「妙に目覚めが良くなる」程度のこと。だからバクは古くから、毒にも薬にもならない(が、若干役に立つっぽい)妖精じみた存在として人の間に紛れていた。
ムウもまた、そのように生きるバクの末裔であった。
見た目は只人のようなものだけれども、彼女は悪夢によって生きていて、その半身を夢の世界につっこむようにして存在している。
「…でもね、嫌な感じじゃ無かったわ」
昨日は始終うつむいていた女は、ムウを見て少しだけ目元を綻ばせた。
「不思議ね、昨日はこんな無愛想な医者がいるのかと思ったけど、今は親しみを覚えるほどだわ」
そうですか、とだけ、ムウは頷いた。来客は答えを欲しているわけではない。昨夜、夢の中でタオルのもふもふに嬉々として埋もれたムウの姿が、真実であることは敢えて教える必要もない。本人が答えを求めるのならその限りではないが、わりとフリーダムに過ごしている時の自分のことは、バクであるムウとて秘めておきたいのである。
患者。心に悪夢を抱えているものは、時に人との関わりを欲する。
夢を語ること、それを端にして日々の苦難を語ることで得られる安息は、明晰夢―――自らの内に踏み入る者に気付く夢の持ち主であっても、そうでない人間と比較して劣るものではない。むしろ、明晰であるぶんだけ、他人に話したくなる欲求は強くなるといえた。
今日、彼女が来院したのは「次のカウンセリング」を求めに来たのではない。共にタオルに埋もれ、そういう生活も悪くはないのだと語った、昨夜の再現をしに訪れたのだ。
彼女たちバクの一族が、こうして精神科を称して「カウンセリング」料を回収するようになったのは、そういうわけだ。
彼女たちとて、何も儲けようとしているのではない。
元々は、悪夢を察知して勝手に「拝借」するのが彼女たちの本懐であった。しかし、世代を重ねるごとにその鼻は利かなくなり、「悪夢を祓ってやろう」と宣伝しなければ食っていけなくなった。
そうしてみれば、悪夢を祓われた人間に喜びを、夢を語られる時間が存外に伸びてゆく。避けるわけにはいかない。悪夢の提供者とは良い関係を作っていく必要がある。需要と供給、釣り合う価値のない時間であろうと、たった一つの主食を奪われればバクたちは餓えて死ぬばかりである。たぶん。
そう。時間の価値。
睡眠は必要のない生き物(なぜなら夢の中でも寝られるのだ)であるが、人と同じように生きているバクたちには金が必要だった。
このままでは、稼ぐ時間が目減りするばかりだ。
気付いた誰かが、医師から本を借りてきた。バクたちは己に必要な知識を、現夢問わず学び続けた。このままではいけない、時間を売り物にする必要があるだろう、と。
しかし悲しいかな、バクたちは大層鈍かった。
「うんまあだいたい気づいてたけどね」とバクたちは揃って頷いた。
そも、生の大半を夢の理の中で過ごしたものたちに、現の理の幾つが実感できる事象として身の内に残るだろう。現の事象の学問である医学が、定着する筈もない。なぜ、水の中で息をする経験のあるものたちが、溺死という概念を体得できるだろう。ボールから手を離せば浮き上がるような世界に(体感時間で)数か月さ迷ったものが、胃液のせりあがる感覚が異常であると理解するのは難しすぎる。
自分のいる夢が固定されていればまだ良いが、夢を渡る彼らはその都度「法則の違う」世界に順応する。
たった一つの世界の法則を、違う世界でも意識し続けることは、半ば不可能といってもいいほどの苦業であったのだ。
そういうわけで。
「…でね、主人はお義母さんと私のどっちにも興味が無いって風で―――」
「はい、はあ、ふむ」
バクたちは、彼女たちにわかる理を売り物にした。
精神の癒し。
話を聞いて、楽にしてもらうだけの仕事である。香を焚いたり、茶を出したり、愚痴を聞いたりする、だけ。
精神を渡る彼らにとって、唯一変わらない法則は精神の揺らぎに身を任せる方法である。彼らは怒りを、悲しみを、喜びを、楽しみを知っていた。それしか無いのだから、それを売るほかない。
そうして彼らは、悪夢専門の医者を名乗ることにしたのである。
彼らには医学の知識は無い。
怪我をした人間を治す方法などは知らない。
それでも、受診した翌日には、こうして目覚めが良いと料金設定にも満足して貰えるのだから―――まあ、よい関係を築けているのではないかと、彼らは思っているのだ。
ムウは切れかけた灯に新しいオイルを足しながら、女の声に耳を傾ける。
決してだましている訳ではないけれども、彼女は真実を知ればムウを糾弾するだろうか?
「夢を食べる妖精がいたら、どうする」
問いかけるのは簡単なことだ。
しかし、患者はムウに、夢の原因を問わなかった。知りたくない事実を齎された人間は、再び悪夢を見るのかもしれない。
吐き出すのは、たぶん、バクの世界でもマナー違反なんじゃないかなあ。
そんな風に思うので、ムウは今日も口を閉ざして、愛想が悪いけれども腕はいい、そんな医師もどきを演じるのである。
「…あら?ねえ先生、それ、蓋が閉まってますけど」
「…あっ」
なんとかギリギリ。
演じていられればいいなあ、と思っているのである。
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