【涼綺・クリスドルヒ】
闇医者がなんか適当に後継ぎ作ろうとしたけど失敗した失敗作。
まあ闇医者も都合よく後継ぎ作ろうとしてたからお互いさま。
知識が中途半端なので、医者のまねごとはできない。
むしろ植物に興味があったらしく、そっち方向しかおぼえてない。
世の中そんなもんだ。
【花屋】
大切にされているという自覚はあった。しかし真綿越しに触れるような扱いに彼が満足していたかといえば、そのような生き方を許容できる精神性を幼少のころより投げ捨てていた彼にとっては首をかしげざるを得ない感想しか持つことはできなかったのだ。
彼を良く知る人間は、『万事を許容する』ような人間と彼を称し、良く知らぬ人間は『万事を拒絶する』ような人間と嗤う。
どちらが間違いというのではない、と彼は自身について分析している。酷使した心の城壁は現在に至ってその原型を保ってはおらず、かつてその威容を誇った痕跡を残すばかりである。
氷のように動かぬ心情すら、既に遠い。
拒絶を続けた彼は、今となってはただ全てを茫洋とした思いで眺めるのだ―――余裕が無いに等しい、というのは、何も正の値を示すばかりではない。ほんの少しだけ、「余裕が無い」を通り過ぎた負の値を示した彼の心の在り様は、受け止めぬまま、しかし拒絶する意志もさしたる力を持たない。
要は、彼は、世間に対して拗ねたままでいるのだし、他人に関わり、心を動かそうとすることが何よりも面倒なのだった。
故に彼はその宝石を慈しむような扱い(自分は宝石ではなく砂利の塊だということを知っていた)を崩壊した壁から透けて見えるほどの浅い心の底から厭い、保護者という名の男を夢の中に叩き落とした。
味を占めた彼は、他人に夢を売ることを覚えた。
誰だって面倒な現実を縫うように生きるより、都合の良い夢を選ぶことを確信していた。
彼の期待通り、彼の元に訪れる人間は、二度と彼の心情を覗こうとしない。彼自身は夢を覗くことなく、しかし彼はいつも夢の中にいる。
「ブルームーン」
彼の客は一切の余計な言葉を省いて、必要な注文と代金だけを差し出しステンレス製の作業台に腰かけた。
涼綺は、腰に提げたキーチェーンから鍵を探り当て、強化硝子の向こうの鉢植えを取り出す。ブルー、と名の付いた花はしかし雲のかからない月のように淡い均一な黄膚色をしていて、飾り花の紫と葉の緑が良く映える。
静謐な部屋に、茎に鋏が入るパチンパチンという音と、レース紙とリボンの擦れる乾いた音色ばかりが響く。
その間、涼綺と客は一言も話さない。
出来あがった花束は一抱えに満たない程度の簡素なものだ。
未だ見ぬ恋に胸時めかす少女も、煌びやかな愛に疲れた女も、満足させるには足りないそれを求め、涼綺の客は遥々地下の六階層まで歩いてここへ至る。
疲れを忘れる夢さえあれば、往復程度には足りるのだ。
(だがそれも、今日までだろう)
客の持ちかえる花束は、名前の通り一夜に二度ほど夢を齎す猛毒だ。恐らくは、朝を迎えることなく彼は夢の内に死ぬだろう。
だが、それで良い。
名を告げられなければ忘れる程度。
顔を見なければ忘れる程度。
そんな深さの間柄のままに失う縁が、彼にとっては心地良い。
一度も言葉を交わすことなく男の去った方を眺め、涼綺はふと息をついた。人を殺すことは罪悪だ。彼にその意志がなくとも、死に繋がる行為は罪悪と認められるのが世の法である。
恐らく、いや、殆ど確実に、涼綺の花束は、人を殺す。
法に絡めとられれば、涼綺の胸中は開腹手術のように遠慮なく切り開かれ滂沱と赤い体液を流すように心算を語る羽目に陥るだろう。そういうものは、とても、面倒なことだ。
ふ、ともうひとつ息をついて、涼綺はステンレスの作業台に載ったままの代金をそのままジーンズのポケットに捻じ込んだ。
エプロンを脱ぎ捨て、小さく畳み、肩を落とすように作業台に叩きつける。
外へ出なければならぬ。
人嫌いを体現したような涼綺には、店舗名義を新しいものに変更する業者、には、余り伝手はない。新しく関わることが億劫だからだ。
しかし、新しく関わることと同じように、深く関わることもまた酷く面倒なもの。
―――行きたくない。
子供のように駄々を捏ねる精神を宥めながら、理性は次の店舗名義の詳細を謳い始めていた。
-----------------
精神的にも肉体的にもスゲーひきこもり。
外に出るときは鳴蛇さんにお仕事お願いするときくらいじゃなかろか。
闇医者がなんか適当に後継ぎ作ろうとしたけど失敗した失敗作。
まあ闇医者も都合よく後継ぎ作ろうとしてたからお互いさま。
知識が中途半端なので、医者のまねごとはできない。
むしろ植物に興味があったらしく、そっち方向しかおぼえてない。
世の中そんなもんだ。
【花屋】
大切にされているという自覚はあった。しかし真綿越しに触れるような扱いに彼が満足していたかといえば、そのような生き方を許容できる精神性を幼少のころより投げ捨てていた彼にとっては首をかしげざるを得ない感想しか持つことはできなかったのだ。
彼を良く知る人間は、『万事を許容する』ような人間と彼を称し、良く知らぬ人間は『万事を拒絶する』ような人間と嗤う。
どちらが間違いというのではない、と彼は自身について分析している。酷使した心の城壁は現在に至ってその原型を保ってはおらず、かつてその威容を誇った痕跡を残すばかりである。
氷のように動かぬ心情すら、既に遠い。
拒絶を続けた彼は、今となってはただ全てを茫洋とした思いで眺めるのだ―――余裕が無いに等しい、というのは、何も正の値を示すばかりではない。ほんの少しだけ、「余裕が無い」を通り過ぎた負の値を示した彼の心の在り様は、受け止めぬまま、しかし拒絶する意志もさしたる力を持たない。
要は、彼は、世間に対して拗ねたままでいるのだし、他人に関わり、心を動かそうとすることが何よりも面倒なのだった。
故に彼はその宝石を慈しむような扱い(自分は宝石ではなく砂利の塊だということを知っていた)を崩壊した壁から透けて見えるほどの浅い心の底から厭い、保護者という名の男を夢の中に叩き落とした。
味を占めた彼は、他人に夢を売ることを覚えた。
誰だって面倒な現実を縫うように生きるより、都合の良い夢を選ぶことを確信していた。
彼の期待通り、彼の元に訪れる人間は、二度と彼の心情を覗こうとしない。彼自身は夢を覗くことなく、しかし彼はいつも夢の中にいる。
「ブルームーン」
彼の客は一切の余計な言葉を省いて、必要な注文と代金だけを差し出しステンレス製の作業台に腰かけた。
涼綺は、腰に提げたキーチェーンから鍵を探り当て、強化硝子の向こうの鉢植えを取り出す。ブルー、と名の付いた花はしかし雲のかからない月のように淡い均一な黄膚色をしていて、飾り花の紫と葉の緑が良く映える。
静謐な部屋に、茎に鋏が入るパチンパチンという音と、レース紙とリボンの擦れる乾いた音色ばかりが響く。
その間、涼綺と客は一言も話さない。
出来あがった花束は一抱えに満たない程度の簡素なものだ。
未だ見ぬ恋に胸時めかす少女も、煌びやかな愛に疲れた女も、満足させるには足りないそれを求め、涼綺の客は遥々地下の六階層まで歩いてここへ至る。
疲れを忘れる夢さえあれば、往復程度には足りるのだ。
(だがそれも、今日までだろう)
客の持ちかえる花束は、名前の通り一夜に二度ほど夢を齎す猛毒だ。恐らくは、朝を迎えることなく彼は夢の内に死ぬだろう。
だが、それで良い。
名を告げられなければ忘れる程度。
顔を見なければ忘れる程度。
そんな深さの間柄のままに失う縁が、彼にとっては心地良い。
一度も言葉を交わすことなく男の去った方を眺め、涼綺はふと息をついた。人を殺すことは罪悪だ。彼にその意志がなくとも、死に繋がる行為は罪悪と認められるのが世の法である。
恐らく、いや、殆ど確実に、涼綺の花束は、人を殺す。
法に絡めとられれば、涼綺の胸中は開腹手術のように遠慮なく切り開かれ滂沱と赤い体液を流すように心算を語る羽目に陥るだろう。そういうものは、とても、面倒なことだ。
ふ、ともうひとつ息をついて、涼綺はステンレスの作業台に載ったままの代金をそのままジーンズのポケットに捻じ込んだ。
エプロンを脱ぎ捨て、小さく畳み、肩を落とすように作業台に叩きつける。
外へ出なければならぬ。
人嫌いを体現したような涼綺には、店舗名義を新しいものに変更する業者、には、余り伝手はない。新しく関わることが億劫だからだ。
しかし、新しく関わることと同じように、深く関わることもまた酷く面倒なもの。
―――行きたくない。
子供のように駄々を捏ねる精神を宥めながら、理性は次の店舗名義の詳細を謳い始めていた。
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精神的にも肉体的にもスゲーひきこもり。
外に出るときは鳴蛇さんにお仕事お願いするときくらいじゃなかろか。
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