▽こーたぬだったはずだった

喧嘩はしないようにしてるのよね、それまでの快活な会話に落ちた墨の色に気づかぬ「彼」ではない。
そうなんですか、と答える声もどこか慎重だった。
不穏な気配に満ちた部屋の扉の前に立つようにして、あるいは改めて得物を握りなおすようにして。

「もちろん、へんに我慢したりとか、そういうことはないけど。喧嘩したまま別れるっていうのは、絶対やだから。あたし、そこはね、自分がバカでよかったなあーって思う。覚えてられないの」

昔のことも、考えた先のことも。
恋人に話しかける甘さの抜けた、眠たげな声がぽつぽつと小物の上に降った。散らばるのは危険のない「手入れ道具」の類だったけれども、争いに関わりのない人間には刺激が強かったろうか、と眉を顰める。彼女が死を前提にした言葉を吐くのは稀だった。

「だからねえ」

けれども、粗い鑢を訝しげにひっくり返しながら、狸雹は言う。

「楽しいことばっか考えてるあたしはこーあの彼女で、しんどいことも考えられる、緋咲ちゃんが奥さんかなって、そういう話」

はぁ?!
裏返った問いをたまらずあげると、きゃらきゃらと重たげなピアスが鳴るような笑いが返った。
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