・セータとなんかごはん作る
・カロリーがダリアスのヴィネットをつくりたがる話
・ニクスさんのなんか
・クレールのなんか
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▽セータとなんかごはん作る
ちょっと、笑わないでよ。と膨れて見せるも、悪感情故の言葉でないことは彼にも伝わっているだろう。能天気な笑みは学園の貴公子と密やかに囁かれていた頃よりもだいぶ油断の見えるもので、おそらくは自分の顔も同じような―――完璧とは言い難い笑みに違いない。
けれども、そうあることを自分に許したのは、さほど昔のことでは無い。少なくとも、彼と出会うまでは「セータ・ロッソ」の笑顔は完璧であるべきだったし、ジョン・エヴァンスのそれもきっとそうあるように意識されていたことだろう。何故ならそれは売り物だったからだ。手抜きの許されない完璧な仕事を求められていた。
「結んであげようか?」「良いわよ、もう。このままで作るわ」
エヴァンスに背を向けて、良く整頓されたキッチンに立つ。随分と長い間離れていたレシピを、そのまま再現することは難しい。今日中に思い出すことは、到底出来ないように思われる。
けれども、完璧なオムレツを望んでいる客に振る舞うのではなく、夫に作る昼食ならば。
エプロンの紐が縦結びになっているくらいの可愛い手抜きは、許されると分かっているが故に。セータ・ロッソは気負いなく、二人分の卵を選り分ける。
▽カロリーがダリアスのヴィネットをつくりたがる話
ダリアス・ツァラスは子供の姿をしてはいるが成人であり、導師課程の高位にあるので、ときたま資料集めのストレスや人間関係の軋轢に深い深いため息をつきたくなるときもある。ので、彼はそういったとき、自室に籠って楽な恰好でダラダラ休日を楽しんだりする。
子供の姿をしているが故に意外に思われること(や、背伸びしているといった誤解)も多いけれど、そういう、どうしようもない大人の生活が恋しくなることもあるのだ。
そして彼の場合のだらしなさというのは、ちょっと筆舌に尽くしがたいので、わりと他人には秘匿しておきたい部類の私生活的なアレである。まあつまりは。
ごちゃあ。
…と、表現するに相応しい、床一帯に広がった、おぞましく冒涜的で名状し難き、あらゆる不快な生命を繋ぎ合わせた子供の悪戯書きのような混沌とした生命が、ダリアスの本性である。子供の姿に詰まっていた非人間的触手、前脚、触覚、臓器色の肉塊、瞬きのない無数の瞳。広がった全てを見下ろして、ダリアスはふう、と溜まった息を吐き出した。超絶リラックスダリアス。たぶん農村とかにいたら退治されたりする類の生き物である。
彼は本体の子供の姿と一部の肉塊をベッドの上に引き摺り、今日は一日寝て過ごそうか、と怠惰な休日に思いを馳せてうっそりと微笑んだ―――その予定が直ぐさま灰燼に帰すものとは知らずに。
「―――?開いているのか」
ぼそり、呟かれた声に振り向いたかどうか。
その一瞬の判断こそが、ダリアスの休日の運命を変えたのだった。
「…!そ、れは」
「…あ、ええ…っと!いや!あの!すいませんあの!別に悪い生き物とかじゃ」
「その関節はどうなってる!?」
「…そう来ましたか!!!?!」
嗚呼、呪いの人形の解析を他者に頼るのが良くなかったのか、それがよりにもよって人形オタクのカロルス・ユノスであったのが良くなかったのか、そんな彼に奇怪な多関節部位を晒したのがいけなかったのか、そもそも扉を半開きにしていたのが良くなかったのか、胸に去来する様々な後悔を分析した結果、ダリアスは考えるのを止めて、その日一日をかけてカロルスのスケッチモデルとなったのだった。どっとはらい。
▽ニクスさんのなんか
そういえば。
主が思いだしたかの様にティーカップを置いた時には、大抵ろくでもないことが起きるのだということが、完璧なる従者ニクスには分かり切っていて、かといって、完璧なる従者ニクスにとってそれを回避するということは「従者」らしくないことであるので、さて今日は何を思い付いたのやら、と他人事のように振り向くのが彼に許された唯一の選択肢であった。
「はい、どうしましたか?」
自然に浮かぶ上品な笑顔は、時たまヒトらしくないと称される。けれどもニクスはそうあることを否定しない。事実彼は幻獣であったし、主がヒトである限り、同等の立場に自らを置くのは従者として相応しくないといえた。
契約主のネブラ・プラトゥムは小首を傾げて「ふむ」、一拍空けたのち、「お前は確かネコと呼ばれるのは苦手だったように思うけれど」白々しくも解り切った前置きを口にする。
ああ、やはりろくでもない話なのだな、と覚悟しながら、ニクスは「違う生き物ですからね」と事実を述べ、暗に彼の言葉を肯定する。おそらくはこれは主なりのゲームだ、とニクスは判断する。動揺した方が負け。ニクスが「従者」であることを他者によって崩されるのを嫌うと知って、ネブラは崩しにかかったのだ。暇だから。
ろくでもない話というか、ろくでもない主である。口にはしないけれど。
主従にしか分からない戦いの火蓋が切って下される―――おそらく勝負は一瞬である。先の一手はネブラに譲らざるを得ないが、あるいはそれを凌ぐことができれば、ネブラの白旗を見るのは容易い。
肉食獣の瞳がネブラの姿を映し出す。さあ、いかな矢を撃つか、脆弱なヒトよ!
「それでさっき思い出したんだけどね、ニクス」
「はい、伺います」
「お前を初めて見たとき、私ネコだと思ってたんだよね」
「…」
あっさり負けました。
▽クレールのなんか
カンナを使うときはこころ静かに冷静に。力が過ぎれば大きく抉れ、足りなければ毛羽が立つ。静けさは心に現れる。美しい木目を活かすのは、木目の声を聴くが如く穏やかな環境と繊細な技術―――
「なんですよ」
「おう」
「聞いて。そして聞き入れてっつうか何してん」
「焼き入れ」
ライターの火。というには大きすぎる青い炎が銀の指輪を一撫ですると、赤い鼓動の後に鈍色が子を覗かせる。錬金術による魔道具は、安価な魔晶石をもって金属加工術を飛躍的に向上させた。便利な世の中になったもんだ、と珍しく目元をほころばせた友人をみたのは、つい昨日のことだったように、思う。
さていったい何がどうして、この男は自宅や工房で作業をせずに、クレール・アランの狭い部屋で戦利品の『試し振り』をするという結論に至ったのか。
「工房じゃ貸せだのなんだのうるせぇし、俺の部屋は今彫金の薬が引火しそうなんだよ」
「嘘つけ、絶対昨日買ってきたウォッカじゃねーか」
「アブサンもです」
「そうですか」
クレールはとうとうカンナを置いた。怒ったのでは、ない。
「ちょっとツマミ買ってくるわ」
「じゃあ酒持ってくるわ」
心静かに冷静に、といかなくなったなら、カンナがけは出来ない。
だから、時間を有効に使おうと思い立っただけなのである。
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