覚えたのは安息だったのか、嫉妬だったのか、今の私にはもう思いだせない。




 人によっては途方もなく厚く感じるのかもしれないけれど、彼との壁一枚隔てた距離はとても心地が良くて、酷く荒んでいた私の心にはちょうど良かった。面白かったのは、彼が私のことを一つ年下として扱っていたこと。本当は一つ上なのだけど、その認識の違いも、悪戯みたいで悪い気はしなかった。そもそも、年齢とか、性別とか、そういった差をあんまり感じさせない人だったからかもしれない。
 平坦を意味する紋章を教わったときは、思わず彼を思い出した。全てがフラット。ただ、そのかわりに優しくて綺麗な顔立ちが印象を支配していて、きっと神様はこんなふうなんだろうな、と、らしくないことを連想した。

 もし彼が神様なら。
 どちらの性も持っていて、きっと強烈な印象を残すはずの私は、悪魔みたいなものかしら。

 その考えは私をとても愉快にさせた。綺麗過ぎて隣に立てないのを恐れるよりは、平行線のまま同じ道を歩む方がよっぽど有意義な気がした。決して交わらないけれど、ずっとそばにいる。それはもしかしたら、友人と呼ぶに相応しい関係なんじゃない?
 負担になるかもしれなかったから、決してそんな風に感じていることを明かしはしなかったけど。それからは彼のことを「友人」と呼ぶのに、心が痛むことはなくなった。それにもし、悪魔が人間の知らないところで神様と仲良くしていても、きっとそれを声高に宣伝することはないでしょうから。



 ずっとそんな風にしていくのだと思ってた。
 レイセンも私も、それ以上は近づかないのだと思ってた。

 「もし、後で時間がありましたら、私の家にまた紅茶でも飲みに来て下さい」

 少しだけ耳を赤くしたレイセンなんて、他の誰が想像できるかしら。まず間違いなく、その時の私は驚いた顔をしていた…と思う。そうでないわけないじゃない?あの、誰よりもフラットだったレイセンが、揺らいだのだから。それも、私の前で。
 けれど平行線が傾いたそのとき、私が覚えたのは不快感じゃなかった。

 「絶対にお邪魔するわ」

 そう答えた私の決心は固かった。絶対なんて無い、そう思ってたはずの私が、意識してそう言ったのだものね。自分でも驚くくらい、私は彼との距離が縮まったことを喜んでいた。本当はどちらにも勇気が足りなかったんだって、もう少し早く知っていればよかったのにね。

 でも、遅すぎたわけじゃない。 
 そのための約束だものね。

 神様と悪魔じゃなくなった私たちは、きっと並行線じゃなくなってしまった。いつか、もしかしたら、交わった線が再び離れていくこともあるかもしれないけれど、人間の私たちは過ちを正すことだって容易なはずだから。
 私はいつかの過ちの本当の答えを探す一歩を踏み出した。
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