さようならと呟いたくちは果たしてだれのものだったのか。
ごめんなさいと裂いた腹はあたたかくわたしたちを祝福した。
赤い花がさく。


 早くしろ、と怒鳴る声がただひたすらに鬱陶しかった。灰色と赤の世界に響く音は、私たちの音だけじゃなきゃいけないのに、そいつはきいきいと喚き立てて私たちの邪魔ばかりする。いつもいつもいつも、そうだった。

 (どうして、邪魔するんだろう)

 何故私たちがようやく集まった喜びさえも抑えられなくちゃならないのかな。(せっかちなのよ)誰かが言った。(支配者になりたいのさ)誰かが嘲笑った。(総じて言えば、愚かなのだよ)口の中で誰かが跳ねた。皆はニンゲンを憎んでいる。私たちがこんなふうに閉じ込められて、好きなことができなくて、殺したくないものを殺して、食べたくないものを食べなくちゃならないのはそのせいだと言っていた。私もニンゲンはいなくなればいいと思っている。私の仲間たちを、家族を、こんなふうに怒らせるのだから、それはとてもイヤな生き物だと思う。
 皆を食べ終わってしまうと、私は「完成」してしまう。こうして皆と一緒にいられても、声が聞こえなくなって、皆が眠りについてしまうのは、とても悲しい。昔は分からなかったことだけど、今の私にはよくわかる。それは悲しいことだ。とても。寂しくて、きっと私はニンゲンを殺すことになるんだろう。あのニンゲンの思う通りに。イヤだな、と思った。
 皆に教えて貰ったこと。こころ。ことば。ちしき。それを、皆の嫌いなニンゲンのために使うことは、なんだかとても「ばちあたり」なことじゃないかと思った。

 私たちの音が響く。
 ぴちゃぴちゃ。拍手のかわり。

 少しずつなくなっていく、皆との時間。私は目から零れるものに気付いた。血みたいに熱い。どこかケガをしてしまったのかもしれない。あわてて脚で拭った。でも、それが血なのかどうか、わからない。(涙だよ)誰かが言った。(悲しいと出るんだ)誰かが呟いた。(嬉しいときにもね)誰かが笑った。これが涙。最後に教えて貰ったことだった。

 最後のひとかけ。
 「ぼく」は鳴きながらそれを口に入れた。
 体が熱くて、怖くて、どこもかしこも痛い。紛らわすように翅を羽ばたかせたいのに、動かし方が分からなくなっていって、どうしたらいいのかわからない、たすけて欲しいのに、もうだれも、こたえてくれない。
 こんなのいやだ。



 たった一人になった私が最初にしたことは、術者を殺害することだった。術者が人間なのはわかっていたし、彼はどうして私を操れると思ったんだろう。不思議でならない。たった一人になったからって、彼を仲間だと誤認するわけがないのに。
 ねえ?と、習い性のように心の中に語りかけて、私はたったひとりなのを再び思い知った。苦しい。寂しい。同じ苦しみを味わった仲間は、もうどこにもいないのだ。彼らは死んだ。私にその苦しみを預けて。
 どうしたらいいんだろう?私はせめて、何か助けになるものは無いかと―――仲間たちの素性を探れないかと、術者の持ちモノを漁った。符。これは私には使えない。小銭。貰っておこう。書物。後で読もう、助けになるかもしれない。地図。これはいい。
 それから、

 (…え)

 ちいさなニンゲン。板の向こうから私を見ている。これはコドモだ。ニンゲンが育ちきる前の姿だ。仲間たちが言っていた。教えてくれた、これは――――鏡。自分の姿を、知る、

 (あ・ あ)


 私は仲間たちの呪詛の対象を、そこで初めて、思い知る。
 生き残った私を、死したものたちが許すはずもなかったのだと。
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