六人の老人が私の周りを囲うようにして立ち、眠る私の顔を覗き込んではなにやら密談を交わす。
足りない。多い。重い針。背骨を抜かれたような、極端に肥大した知覚空間域。
ああ。
狭い。ここは狭い。私が拡散する。


温もりを求めて絹地に手を這わすと、柔らかで温かな感触に突き当たる。アルデレータ。私が守るべき女性。

「ネブラさま…?」

彼女の眠りはそれほど深くない。飢えた獣のように貪る私とは違い―――いや。今は私も、天上の調べを耳に白雲で眠ることが許されようと、その一片をも身にできないだろう。
いつからか。私はかつて脆弱な子供であったころのように、暗き夜が来ることをなにより恐れるようになった。満たされた身が上品なテーブルマナーを覚えたのではなく、私のそれは、神経を病んだ人間が食事を絶つ様に等しい。

「すまない」

起こしてしまった。いつものように私は彼女に(否定されることが分かっている)謝罪を口にして、騎士たる誇りをどこぞへ追いやった。半覚醒のまま、とろりとした瞳がこちらを見つめる。月の青い光に照らされた彼女の頬は血の気の失せたものに良くにていて、私はカーテンを引かずに寝入ったことを後悔する。
一度尖り肉を突き出た神経は、微かな風にすら痛みを覚える。死、死、死。夜は死に充ちている。知らぬ訳がない。何よりもそれを求めてここへ来た。静かな死。全てをその冷たい腕に抱く夜は私の愛しいものだった。そう、愛しかった。
過去にすぎない。
少なくとも、今はまだ。

アルデレータ。私が守るべきひと。
それに気がついたのは、良いことだったのか、悪いことだったのか、今の私にはわからない。

「ネブラさま」

とん、とん、子をあやすような拍動のリズムで、背に手のひらが当たる音が響く。尖りきった神経は夜風に吹かれたようには痛まず、ただぬるま湯に包まれるじんわりとした温かみだけがあった。

「きみが」

自分の音の響きがそのぬるま湯を払うことを恐れ、私は吐息だけで語る。彼女は聞かずとも解るだろう。もう何度も繰り返した文句だ。

「きみの死が怖い」


守りたいと思うその意志がなにに起因しているのか気付いたとき、ネブラ・トリア・プラトゥムに再び変化が訪れた。もうとうに忘れたと思っていた、それ以上に甘美であるとさえ思っていたものの本質に触れた男は、愚かにもそこから動くことが出来なくなった。抱きしめるでもなく、振りはらうでもなく。ただ。
死は畏れるべきものなのだと。
所詮人の身で現象そのものを愛するのは過ぎた行いだったのだと、死からこそ手を振り払われるような衝撃であった。知っていたのに。死に向かうときは誰もが孤独だと、幼き彼は知っていたというのに。

生の孤独さえも耐えられぬわが身の弱さといったら!
隣に眠るおんなの寝息を失った錯覚に跳ね起きる日々、深々と冷えた風が這い寄る気配に身を震わせ、眠りの代わりに彼女自身を貪ったことも一度や二度ではない。
どの口で、守るというのか。自らの心を守ることすらもできずに、彼女に甘え続けるだけの男が。


覆う、ように。
おんなの体をかき抱く。死を払うようなぬくもりを逃さぬように。
首筋から生の香りがした。

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あとがき
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