・ノワギネ記憶喪失
・こどもじたのひと(コーラル)
古びた日記帳のような(メリッサ) :状況説明などはリンク先下部記事
河原の子供(ヒメガキ) :細かい設定などはリンク先下部記事


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・ノワギネ記憶喪失

見知った顔、覚えのある声。知らない人を呼ぶ響き。
持ちましょうかお嬢さん、皮肉の一つも受け止める構えが、肩透かし。
止めてよ、そんなのまるでただの好青年じゃない?いいかけて留めるのは、そうだ、このひとは優しかった。
お嬢さん。「年頃の少女」に含まれる意味合い。所詮その程度。扱いにくい娘。それでも友は笑った。
ご機嫌いかが?勿論、いつだって機嫌は右肩上がりだ。『彼女』はいつも綺麗だった。
彼女が細くて柔らかい指でお菓子を作るのは、まるで絵本の魔法だった。

同じ指で彼女は人を殺すのだと知ったときも、さほど現実感はなかった。あるいは、それが彼女のやりかたなのかもしれない。彼女と自分の在り方はまるで絵本の世界だった。生々しい現実が介入する隙間なんて無いほどに。
…そこに棲みたかったのは自分たちのどちらだったのだろう?
声なき問いは拾われぬまま調理場の床に落ちるのだろう。伝えるつもりも、拾うための機微と経験も無い。お嬢さん、と『彼』はよぶ。大親方の養い子。それ以外のすべては削ぎ落とされた。彼が見習い鍛冶師以外の何者でもないように。

それでも彼は綺麗に笑う。だから今度もノワは笑う。絵本のように穏やかな世界から、少しだけ苦い現実へ踏み出して。ああきっとこの苦みは、彼女が作った失敗作のフォーチュン・クッキーのそれなのだ。かつての其が謳ったのは別れだった。二つ目の占い紙はまだ読めない。

なぜならここにクッキーはまだ無い。

「ねえギネちゃん、こんどクッキー作ってみない?」
「え、私が、ですか」

戸惑う顔はすっかり見慣れてしまったけれど、ノワはまだ彼の味を知らない。以前と同じで無くても、同じ中身でなくても、ノワは堪らなくその瞬間が好きなのだ。

フォーチュン・クッキーの割れる音。根拠もない話の種に、私たちの未来を占おう。

2011/10/05(水) 03:00

・こどもじたのひと

ああ、どうしましょう。
心底困ったという色合いをもって吐き出されたのは溜め息に似た感嘆だ。
芳しい肉汁に混じるデミグラスソースと、とろとろと垂れるチェダー・チーズの香りが鼻腔に届くなり、かれはふと泣き出しそうな自分に気がついたのだ。

泣けば鼻腔も詰まるだろう、香りが楽しめない食事はさぞ味気ないに違いない。
わあわあと声をあげて感情をあらわすことに慣れたかれにとって、ふうわりと訪れた感情に身をまかせることの心地よさは抗いがたい魅力があるように思えた。しかし、それすら上回る皿の上のそれの存在感。未だ白く湯気を立てるハンバーグはぷちりぷちりと焼けたばかりの音をたて、添えられたポテトサラダは丁寧にマッシュされて滑らかに光を放ち、焦げ色を引き立てるようだ。

それ、はたぶん、郷愁なのだ。今は遠きひととなった、人間としてのかれの血族、かれらとの暮らし。かれらとはあたたかなものばかりを築いたわけではなかったが、それでも居間は柔らかに光を湛えていたし、父の土産は嬉しく、母の手料理は丁寧で、兄の話は愉快だった。

(壊したのだ)

と、改めて自覚する。その家を、貰った全てと、育った自分ごと。
ふうわりと香るハンバーグ・ソースとバター・ロール。決して一流の味ではないだろうそれは、母の味に似て素朴だろうか、子供好みに濃い味付けだろうか。

あらゆる、云うべきでない「ごめんなさい」を唾液とともに飲み込んで、かれは銀のナイフを手にとった。

「いただきます」

そのまま心臓に突き立てたところで贖罪になりはしないのだと知っている。
今日も、ひとより少し多い命をたべてかれはいきている。

泣きそうな笑顔ではない笑顔を造ることなく浮かべるには、やはりいいひとにならなければいけないのだろう。
しかしかれはいいひとではないので、どう為るのかはまだ知らない。ハンバーグ・ソースの香りに心踊らせた子供のころに聞いておけばよかったかしらん、と思い馳せるころには、皿の上は綺麗に空けられていた。

2011/10/31(月) 11:02


・納得いかないハッピーエンド

お久しぶりです。いきなりの訪問、申し訳ありません。あなた達にお世話になっていたころから、もうずいぶん長い時間が過ぎたように思います。恩を返すどころか仇にしかならなかった私が、こうしてお目にかかることはきっと礼を欠いた振るまいなのでしょうね。けれども、私の厚かましさというものはそれだけにとどまらず、そのきっかけにも及ぶのです。無礼の内に無礼を隠すような真似を許していただけるのであれば、わたしの知る姿がみな無事であると知ったため、と告白することになるでしょう。無礼で、そしてとても無様な男は、自ら別れを告げた町に立ち寄る機会ができたと知るや否や、見知った道を辿ることを楽しみにすら感じていました。恐れなどはありませんでした。もはや、私の知るものは無い、と、そのときはそう信じておりましたので、過去と立ち向かう意識などさらさらなかったのです。

けれども、私の知った建物も、私の知った人物も、年月を経てなおそこに変わらずありました。リネンのシーツが風にはためく物干し竿は毎日使われているせいか、日を浴びて新品に損なわぬ輝きを湛えていました。洗剤は覚えていたものと変わらないまま、素朴な石鹸とハーブの香りがしました。開け放った窓からは白いカーテンが波をうち、生徒に文字を教え得る教師の声が穏やかに響いていました。薄い土色の壁が眩しく、黒い屋根は温かに鈍く輝いていました。低い石塀は私の知るころよりも少し痛んでいて、花壇の顔触れは以前よりも小さな花が増えていたように思いますが、それは私にとって失望を覚えるものではありませんでした。

おろかな男は、昔に帰ったような気すら抱いたのです。自分が犯した罪をその一瞬に忘却して!

この男がもう少し、もう少しだけ理性に欠けていたのなら。もしかすると生徒のために開け放たれたその門に手をかけて、「ただいま」とそう口走ることがあったかもしれないほどに、その錯覚は甘い誘惑に満ちていました。何もかも戻るような気がしました。失った人間性、尊厳、失わせた沢山の可能性。
私がそれを懐かしむことの意味を知りながら。罪を重ねることを知りながら。

混沌に沈み泣き崩れる前に、彼に会ったのは幸いでした。
大丈夫ですか、といかにも新設そうな青年は、病人じみた風体の男を気遣う様な声を掛けました。驚きは麻痺するものだと思っていましたが、どうもそうではないらしい、と知った初めての出来事だったかもしれません。この私が、彼に、気遣われようとは!ああ、それもやはり罪には違いないのです。本当ならば私が彼を気遣うべきなのに!

伏して許しを請うべき私がしたことといえば、何一つこの街のことを知らないような顔をとりつくろい、

「ああ、ここは私塾かなにかなのかと、おもって」

そんなふうに誤魔化すことでした。そんなことばかり上達する生を送ってきたのです。笑う青年は私にはあまりに眩しすぎたのです。日を受ける壁よりもなお、瞳を穿つような痛みを伴うほどに。その笑みを、自らの存在でもって、過去を掘り起こすことで曇らせることをこそ私は恐れました。…もちろん、糾弾や怒り、予想されてしかるべき責め苦が恐ろしくはなかったか、といえば嘘になります。しかし、追うべき罪を負うことは、庇護なしに子供が長じる困難と比べていかなる理不尽があるというのでしょう。もちろん、それは耐えるべきものでした。

ですから、どうか―――私を責めることに心を痛めないで下さい。自由に走れなくなってしまった青年が抱いた悲しみとは違い、私の痛みは私の罪と思想に基するものです。私は、この後に及んで血縁者をきどるつもりはありません。再三申し上げているように、私は愚かで卑怯な男です。平穏に過ぎゆくときを生きるひとたちをかき乱し、自らの断罪のために利用しようとしている化け物です。
傷つけるための刃はその決意が鈍るほど、柄をもつものに圧力を伝え、慣れないままに事を収めようとすれば傷は双方に増えることでしょう。懲りずに傷を与えようとしているのかと、いっそ呆れで笑いすら浮かぶ始末です。

だけど。私の手元には、一切の犯罪行為なしに築いた財という、いくばくかお役に立てそうな要素が、無いわけではないのです―――つまり何が言いたいのか、この長々と語ったいいわけは何のためにあるのか。
端的に申し上げるならば。

私に、彼の脚を。
かつて私が傷つけたあのひとを、カーライル・ウィステリアの脚を治すために。援助を、

「そこだひっ捕えろォーッ!!!!!」
「なんでこんなことになってるんだちくしょう!?いったい何がどうしてこうなった!!」

もにゃもにゃぺちぺちと響くコミカルな音に反して茶色の影が跳ぶ速さは鷹狩りのそれに酷似している、魔導生物であることをどうでもいいところで証明しながら、コーラル・ウィステリアは自らの悲劇を嘆きながら幾度目かの漁師網とのワルツを踊る。海の無い緑溢れる町のど真ん中で。

緊張した面持ちで身に付けた、安物とはいえそこそこのお値段だったフォーマル・スーツは、初めに網の影を見かけた瞬間脱ぎ捨てられて何処かへ舞った。さよならひと月ぶんの食費たち。学友にからかわれるだけに購入されたとあっては世を儚みたくもなるだろうが、世の中そんなもんだ頑張って成仏してください。わたしは諦めない、なぜか元身内に網持って追いかけまわされてるしこころなしか町人も同じような体勢だったりするけど諦めない!!全く理由は判らないが。

「だが敢えて、敢えて問おう世界よ!なぜこんなことに!?」
「それは俺の弟だからです!!大人しく捕まらないとお兄ちゃん泣いちゃう!!せっかく捕獲グッズ用意したのに!」
「どうしよううざい!変質者がこのうえなくうざい!!」

血は争えない、とかどうでもいい文章が心を通りすぎた気がするけれど、全力で目を逸らした。たぶん、きっと、それを直視することは罪を背負うことよりもなおのっぴきならない事態を招くのではないかと思うのだ。罪を背負うのは構わなかった。けれども、なんというのか、そう、自分の捨ててきたものがこんな妙な変化を遂げていたなんてちょっと飲み下せない現実すぎた。

本当は、『自分の作りだしたシナリオ』だけを背負う気でいた自分にはとっくに気付いていた。「いってらっしゃい」と見送ってくれた友人、背を叩いてくれた彼らを裏切る行為であっても、コーラルにとって家族とは未だに消化できない過去に他ならなかった。きっと消化することはないだろう、それならば、そうした気になって置いておくのも構いやしないだろう、とさえ、開き直っていた。

「こー!ほら、おいで!!おにいちゃんのおひざおいで!!ね!!」
「行けるかバカ!!なんかこわい!!あとうざい!!」

だが現実は非情である。数週間前に凭れかかっていた杖はどこへやら、今や元気に屋根と屋根の間を一緒に跳び回る爽やかな青年イズヒア。人狼の身体についてこれるだけの運動神経があるならこんな町で燻ぶっている必要は無いだろうな、とかそんな穏やかな感想すらいらない感じの元気っぷりである。もちもちてちてち、犬追う足音は品の良い革靴から鳴る高らかな音。
こうなりゃ体力勝負、疲れたところを遠巻きに事情説明と行こうじゃないか、やけっぱち気味にこーらるが胸中確かにした瞬間、

「…わ、わにゃー!」

人狼の膂力は人以上。それは偽りの姿であってなお、本気を出せば屋根をブチ割るほどの力を出すことも難くない。
力強く踏みしめた瓦を、ピンク色の肉球が貫通する。

不気味さにぐったり潰れた毛玉をわっしわっし遠慮なく撫でさする青年は、白い歯を煌めかせてかれに告げた。

「おかえり、こー。長い家出だったなー!」
「うるせえばかだまれよ!ほんとなんなんだよ!あんたほんとなんなんだよお!!」
「いうなればそう…いわゆるひとつの…家族フェチ……かな……」

眩しそうに天を仰ぐ青年の笑顔はそれはそれは輝いて、いたそうな。

(やー、屋根の修理してたら落ちちゃってなー!骨は折れるし修理は途中だしで散々だと思ったけど、振り返ってみればいいことづくめだったな!)
(もうやだかえる。おうちかえる)
(きょうはビーフシチューだってさー)
(ちげえよ!?だれがそっちの家だつったよ!?)

2011/11/14(月) 20:08


・古びた日記帳のような
 
真直ぐに背を伸ばして生きるその人が好きだった。あの頃の私はとても弱かったから、自分を忘れられるくらいに、心躍るような、物語が好きだった。
物語が、好きだった。

「久しぶりだな」

記憶よりも、落ち着いた(あるいは、疲れた?それとも私に会うことに辟易している?―――分かりもしないことを考える癖は変わらない、変わったのはそれが私だという開き直り)声に、巡る思考に反した僅かな相槌。ええ、本当に。応える私に、あの頃のような痛みはもう無い。彼が不思議そうにしているように、それは私自身にとっても奇妙なことのように思えた。同時に、彼が『不思議』だと感じていることも奇妙だった。釦をかけ違えているかのよう。いや、かけ違えた釦の収まりどころを、私たちはようやく悟り始めているのかもしれなかった。

「少し、疲れてる?」

私が、敢えて問うべきでないところに踏み込んだのは、その手ごたえがあったからだ。彼も私も、互いを「汚点」を知る者として分類している。そう思えた。気丈な彼が力を抜くきっかけになればいい。そう、少なくとも私は、彼と「みっともないところ」を共有している人間であることは間違いないのだ。彼が私の思うように甘えるとも思わないけれど、休憩所の在処は、何らかの目印にはなるはずだった。
進むにせよ、戻るにせよ。

「ああ、少し、な」

私の意図に気付いたかどうかは知らないけれど、果たして彼は、疲れを認めて苦笑した。恐らくそれは甘えではなく、利用にすぎない。割り切ることのできる彼も、そうであると読める私も、そうあるように年月を重ねてきた。そういう、ことだ。
私も彼も、ティーカップを手にとって、それ故に沈黙を当然とした。騎士団に所属する彼が私の素性に何を思っているのか、想像できないわけではない。「お前たちのせいだ」とは、さすがに云えはしないだろう。青かったあの頃とは違う。腹芸というのではなく、ただ、ここでそれを言い募ったところで、意味がないことを互いに知っている。

「お前はどうだ?」
「少し、ね」

だから、私たちはそうして会話の第一幕を終えた。

2011/11/21(月) 19:11


・河原の子供

その異貌の子供はみなし子で、どこからきたのかは誰にもわからなかった。

それは子の身にしても同じことで、腐り水の目に肥溜の髪とはやし立てられたときには内心ひどく憤慨しながらも、さてはもののけが橋の黴やら暴れ川の滴やらかまどに溜まった灰なんかを捏ね合わせてわが身をつくりだしたのではないか、そんなふうな思いを捨てられはしなかったのである。誰にも言えやしないし、聞くようなものもまた居やしなかった。

子供の棲み処は沢の下流、少しだけ里を離れた橋の下にあった。
幸いなことに里は土地神の豊かな恵みを受けており、川魚や山菜には事欠かない。里の人間が立ち入るような明るい麓を荒らせば子供の腕ひとつぶんはあろうかというほどの枝でしたたかに打ちすえられたが、もう少し奥の、野犬のような獣がうろつく水場ならば、子供を止めるものもいない。「おまえら、わしを仲間だと思っとるんかあ」子供は油で固まった野犬の喉を、尖りきった指先で良くよく掻いてやった。犬どもはそうしてやると蕩けるような目つきになって子供に擦り寄るのだ。そんなことを何度もしているから、野犬の臭いが体について、子供はすっかり獣の仲間だと認められているのだった。

冬を越すのは少し難儀だったが、里の人間も鬼になるほど苦しんではいなかった。夏に石を投げるのと同じ手で、秋の間に蓄えた干し柿や糒を投げてよこすのである。そのかわり、子供はしばれるような川に細い手足を浸して、丸々太ったイワナをとってやる。里の子供たちはそうした彼を見て目を丸くするので(夏だって、彼ほどに魚を獲るのがうまい子は他にいない)、そうしたときばかりは子供も胸がすくような思いを抱く。みなが知っているような遊びにはどうしたっていれてもらえるようなことはなかったけれど、彼がうつくしい石の在処を知っていることはみんなが知っていたし、彼らの遊びでなにかれと物要りになるときには、彼らはこっそりと入れ替わり立ち替わり、てのひらいっぱいのシイの実もって子供を頼りにきたのである。

子供はそんなふうにして暮らしていた。

彼はいつも腹を減らしていたから、いつまでも小さな体で、何人もの子に背を抜かされる。体に見合わぬきかん気は、ちぇ、となんども舌打ちになってあらわれた。わしだっていつか、里の中に生えたどでかいアカマツのように大きくなってやるわい、と。なにせ子供は「こおに」と呼ばれていたのだから、いつか鬼になるのは道理である。わしだって。

そんな日は本当は来ないものだと思って、暮らしていた。



すまんなあ、と言うその言葉が、里のものにかけられた中でいっとう優しく聞こえたのは、彼らに残ったさいごのひと、の部分だったのだろうか。慣れ親しんだ滝壺はごおうごおうと音を立てて、子供の髪の毛のような色の川を闇の中へ送り続けている。けれどもどうしてか、自分の行く末よりも、里の人間が夜のアカマツのように大きく大きく見えることこそが子供にとってなによりも恐ろしいことだった。

ああ、お前たちはわしよりも早くに鬼になってしまったんか。

涼しい夏が過ぎたあとの、あの大きな嵐では、凶作を覚悟しなければならない、という話を聞いた。心のどこかで、「だからわしは、いつまでも育たんかったのか」と悟っていたから、逃げ出しはしなかった。
背を押す男の手のひらは、温かかった。

2011/12/06(火) 19:16
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