・ディーのなんか
・旅に出ないもちいぬとサトリ
・老ガレイデンと老9
・ふるさとのゾンビといじめっこアルダ

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▽ディーのなんか

 海というには少し狭く、湖というには広大すぎる、大地の竜の腹の水たまりにあって人とエルフは酒を
飲みかわす―――失われた旧い水の記憶を今に甦らせた喜びを分かち合うために。
 かつて刃を交え忌み嫌った者への心も甘い酒の泡に揺らぎ、夜風と波が凝り固まった蔑視と抵抗を流しゆく。限りなく続く灼熱の砂丘も、己が白浜であったことに気が付いたかのように、今はただ寄せる波を受け止めては沈黙するばかりだ。
 儀式に焚いた篝火が無数の波に映り、夜の天蓋と溶け合う様は、視界全てを星空で覆うような錯覚すら齎し、ヒトとエルフの感嘆を誘った。

 「怖い程だな」
 余り美味くは無い酒を、舐めるようにして飲みながら。ディーは他の誰にも聞こえない小さな声でふと言った。何が?聞き取ったただ一人が言葉無く目線を寄越すのを知り、彼は、果たして何を怖がっているのかと自問する。何もかもが上手く行ったとはいわないが、理想に近い終焉だった。砂漠のエルフと、オアシスのヒトと、洞窟のエルフの迎える最期。これから彼らは、今までの彼らではない生き方を迫られるだろう。
 変化が怖い?今さらだ。むしろそれを望んでここまでやってきた。では何が。

 ふと、手に暖かな感触を覚える。
 「大丈夫だって」
 添えられた赤い手。彼女こそはディーマガランスの、そして洞窟のエルヴンの篝火であった。
 「お前が頼りないのは最初から知ってるし、頼ればいいじゃん」

 そうかもしれない。
 海を取り戻すという、慣れない強行軍に気を張りすぎていた自分に、気づく。
 頼ればいいのか。

 ヒトも、バフルエルフも、これからはともにあるのだから。お前の、言うとおりだ、と。
 オミクロケラス。彼は自らの篝火の温もりを知るべくそっと首を傾け、

 何故か不機嫌になったケラスの顔に、ちょっと躊躇した。
 「そうじゃねーだろ」
 何がだろう。



▽旅に出ないもちいぬとサトリ


「グレーター・ブルの異常繁殖による影響で懸念されるうち最も気になるものはなにか、はいサトリさん」
「狩られた にく もったいない」
「はい正解。しかしクイズの体を為さない相手にもほどがあるなおい」

立て板にバケツの水をひっくり返したようにまくしたてる焦げ色の獣は、草にまぎれた肉食の魔物に向かってもよんと体当たりをかました。双方が柔らかい体表の持ち主であるために、衝撃はほとんどその脂肪層に吸収され、弾むように2匹は元の位置へと収まった―――ただし、もちいぬは天地が逆転した状態、サトリはばったりと横に倒れた体勢で。雑草のじゅうたんにひっくり返った体をもとに戻すため、短い手足をばたつかせるくだらない一幕を挟む羽目になったりとかして、つまり基本的に2匹の仲はあまりよくない。これを獣の論理という。

犬っぽい毛玉はさらに吠える(なおこれは比喩であり、この場で使用される言語は人間のものに準ずる)。

「では第二問、私がいまなにをかんがえているか!」
「わたし あなたと にく食う」
「はい正解!わたしこの体だとあんま筋力ないし小さいから引きずって持ってくるの手伝ってほしい、わたしはさばくのを担当してやろう!以上!ゆくぞ!」
「なまにく」

仲の悪いもの同士ではあるが、食い意地と食性はどことなく似通っている。交渉はなんとなく成立した。あとはハンターののこした獲物の巨大な死体をもさもさとむさぼるだけだ。さりげなく唾液増し増しになりながら、2匹は美味しい未来に思いを馳せ、

「……いや、進めよ」
「めどい」

互いに互いを乗り物としようとすることを企み、じりじりと間合いを図った。順風満帆、もといいつまでも始まらない2匹の冒険はまだまだ足踏みを続けている!

がんばれこーらる!まけるなサトリ!肉の楽園はすぐそこ(隣の山)だ!自力で歩いたほうが絶対早いぞ!




▽老ガレイデンと老9

全てが思い出になった頃の話。
彼が怒りに身を投じていたことも、彼女が「彼女」ではなかったことも、今はみな、昔々のお話。


 その家に広い庭をつけるということになったとき、私は彼の思考を読み切ることが出来ずに、久しぶりに「なぜですか」と尋ねた。彼に改めて問うようなことはもう、暫く無いものだと思っていたけれど。
 なかなかどうして、世の中は不思議に満ちている。
 自分のことよりも分かったような気がしていた連合いにさえ、まだ分からないことは沢山あるらしい。その証拠に。庭の必要性を知る前に、私は彼の頬に浮かんだ穏やかな表情に目を見張ることとなった。
 この人が笑うだなんて、ああ、明日は雨かもしれない。

「あって困るものでは無い」

 そして、驚きはたった一度に限ったものではないことを知る。

「お前が何か育ててもいい」

 あなたそれ、30年前に戻って自分に言って御覧なさいな。
 そうしたら、私がどれだけ肝を潰したか、その一端でも分かち合うことができるでしょう。拗ねられるのを覚悟で、口にする度胸はもう無いけれど。

 仮宿の机に広げた図面を2人で見下ろして。蝋燭の火で照らされたそれを眺めるには、私の目はもうあまり若くは無い。我慢しないで素直になればいいのに、彼は未だ眼鏡に頼ろうとはせず、只でさえ夜道で出会ったら踵を返したくなる顔に皺を寄せて図面を睨みつけていた。

 笑えばかわいいひとなのに。
 直ぐに失われてしまった表情を、そのままにしておくのはなんだか惜しくて。
 私は眼鏡を外し、図面に乗り上げ、彼の刺青に口づけた。
 年甲斐もないことだ。


(けれど私は、直ぐに体を支えてくれるように動いた彼の腕には驚かない)



▽ふるさとのゾンビといじめっこアルダ

 不本意ながらも、暫く同じ時を過ごしてきた相手の機嫌が分からぬほどに「鈍く」は造られていない。ヒトの機嫌の善し悪し、殺気に至るまでのそれを精緻に分析することこそ、意志ある剣の意義の一つと云えた。つまりワタシはその男の気分があまり良くないことをかなり始めの段階から知っていたし、それが続くことでワタシの「感覚」が刺激され続けているのも不快なものだと感じていた。

 「いい加減にしろ」

 と、ワタシが怒鳴りつけると、男は右目を瞬かせて自覚していない風を見せた。隠し通せていると思うのが愚か極まりない。

 「ワタシをなんだと思っている」

 分かっていないらしい顔を見上げる。解説してやる気など無かった。ワタシがこの男を読んだのだから、この男はワタシを読む義務がある。暫しの沈黙の後、男は破顔した。

 「心配してくれたのかィ?」
 「…誰がだ」


 男はこの地が思い入れのある土地なのだと語った。
 理由は訊かなかった。興味が無かった。
 それが男の気分の原因ならば、さして刺激してやる必要もない。

 だからワタシは、買ったばかりの本場の寒天を手に、
 「ぐずついていないで、出掛けるぞ」

 そう言って、手近な山へ連れ出すことにした。


浅瀬に突き落としてやった時の顔といったら、見ものだった。
この男が本気で驚くなんて!
酷く機嫌が良い自分に気が付く。
意識して浮かべるのではない笑みは、悪いものではなかった。
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