・深海のセレスタイト(ディーケラ)
・子ルルとアルダ
・なにもない楽園のはなし(ヒメスタ)


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・深海のセレスタイト

 セグァ・エルヴンの意志は水晶の共鳴りを経て伝達される。大地と焔に依って為る肉体が大気の力を得て触れる交信は、かそけきヒトの声よりもなお芯を失わぬまま、エルヴンの移ろわぬこころを授受するのにまこと相応しいやりかたであった。
 けれども、ディーマガランスの隣で蜂蜜酒を浴びるように飲み干す「くれない」は、その燃えるような瞳に反して爪さきから心の臓、たましいの香りさえも海の祝福に充ちていて、蒼の洞窟のやり方では、ディーマガランスが想うそのかけらすら響かない。

 「美味い、か」
 「いちいち聞くな、今飲んでるだろ」

 なればヒトを真似て探ろうと、口を開くもこの調子。
 海の天気は荒れるものだとしたり顔で頷いた男の顔を朧に浮かべ、あれはまるでディーマガランスの先を見透かすように「外」を語った、と感心した。
 せめて時化は起こすまい。数日前に「邪魔くさい」と蹴りをいれられた、無駄に嵩張る膝を抱えて、ディーマガランスはくれないのねぐらの隅でじっとしていた。


 佇まいが鬱陶しいと怒られた。
 どうも、言葉が足りないのは自分だけではないような気がする、と、遅ればせながら思い至ったセグァ・エルヴンの知の欠片は、それでもなんとはなしに、海の波に揺られている様な錯覚に微笑んだ。



・子ルルとアルダ(未完成)

淡々とした毎日を淡々とした作業で潰すことにも慣れてきたころ、唐突に訪れた転機を前に、彼は気づかないふりをした。

ぬるま湯のような日々である、と彼はその日常をそう断じている。提示された簡単な課題を受諾し、解決し、報奨金を得て暮らしに充てる。とはいえ、彼は周囲のものに比べて生活にさほど多くのものを必要としない質なので、箸置きに箸を置く暇がない程に働く必要などはなく、時間が空けば、気が向いたときに仕事を請けに行けばじゅうぶんに暮らしていけたのだ。
そうして、彼はいつものように仕事をふらりと請けて、簡単なそれを遂行することにした。

遂行した。
それで、終わるはずだった。

『お前は、なんだ』

聞き慣れない、しかし知識にはある言葉を気に留めた。気に留めて、しまった。

『どうしてお前はここに来られた』

本当に聞きたいことを必死に探しているように、息が詰まるような、問う声は彼の腰ほどの高さからのもので、

「ほどけ!これ、ほどけよ!」

やがて金属の鳴る甲高い音にも負けぬ子供の叫び声がし始めた頃、彼はまるで耐え難い頭痛に襲われたように顔を顰め、さも肺に溜まった空気を全て押し出すかのように長く溜息をつき、面倒な案件を眼前にして覚悟を決めたような勢いの良さで振り向き、そうして。
血の池に佇む奴隷の子供を睥睨し、大人げなくも、舌打ち一つ、言った。

「ワタシを従わせるとは、いい度胸だ。餓鬼めが」
『…意味がわからない』

彼に比べれば可愛らしいしかめっ面。「飼い主」になるはずだった男の首を提げた暗殺者に怯える様子というよりは、さだめに立ち向かうかのような必死さに、アルダバランは己の誇りと面倒臭さを暫し真剣に争わせた。
関わればまず間違いなく面倒なことになるのが、この手の人種である。

『…ほどいてやるから、ワタシに従え』
『やだ』
『うるさい』

アルダバランは子供の手を覆う金属輪を「断つ」と、ふと思いついたように言った。

・―・ 一時半だな…




・なにもない楽園のはなし

▽ヒメガキ

 さあて何を飲もうかと肩の荷を下ろしたばかりの男はとびきり不機嫌そうな顔を少しだけ綻ばせ、そうして徳利を手に戻ってきた頃にはやっぱり不機嫌そうに眉根を寄せていた。ごろん、ごろんと気に入りの窓際を占拠する影一つ。餌をやればついて離れない猫のように、そいつは氷目垣を構いに訪れる。

 「月がキレイだろ」

 さも自らの手柄だというように自慢げなのはいいが、そこを退け。言えばまた七面倒な言いがかりを思いつくに違いないので、渋々傍の板間に座る。
 荷は下りた。月が出た。酒はある。猫がちぃと邪魔にはなるが、あとは塩さえあればいい。そこまで思って、「塩持って来い」と追いやれば、嬉々として用意してみせるのがまた気に食わない。
 詰まらない話だ。

 「無何有郷みてェな話だ」
 「なにそれ」
 「なんもねェってことだよ」
 「俺とかいるじゃん」
 「変わりゃしねェよ」

ヒメガキへのお題は『月を見る猫・天国はここにある・好きだと言わせてみろよ』です。
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