愛してくれと乞うことと、愛を与えることに然したる違いは無い。



「情けなくねえのか」

赤の影。ある日、彼女は漲っていた戦意をふと霧散させ、いつものように棒立ちでその剣技の冴えに感心していたディーマガランスに(存外に高い声だった)そう尋ねた。ディーマガランスは首を傾げる代わり、身動ぎすれば皮膚を裂くほど切迫した白刃に視線を落とす。彼の青が刃に映ると、緋色を司る女の握る直剣がセグァ・エルヴンの持つ蒼槍の様にも見えた。

恐らくは反撃をしないこの身を揶揄した言い分なのだとは想像がつくけれども、しかしディーマガランスが彼女の言を認め頷くことはない。

「お前は、空を飛べないことを恥じるのか」

刃のように鋭く光る眼を見つめて答えると、赤の化身は顔を顰め、ふん、と鼻で笑い飛ばした。

「聞くのが間違いだった。情けねえな、お前は」

あるいは彼女の耳に諦めと届いたのかもしれない自らの言葉を、訂正するつもりはなかった。まだ、そのときではない、と思う。命を持つ生き物のなかでも格別にゆっくりとした時間を生きるセグァ・エルヴンの判断ということを差し引いても、彼女の側に真実を受け入れる素地が無ければ意味はないのだ。

興が削がれた、というように。
思い知らせる、と彼女が云う目的に沿って振りぬかれた刃は、今宵も鞘に大人しく収められた。所有物でを欠かさず確かめる儀式は、狩人よりも獲物をこそ満足させる。彼女が充たされぬ狩人のままであると、儀式は雄弁に語るのだ。

背を向けてディーマガランスの荷を漁る彼女に、それが求愛給餌であると伝えるのはいつのことになるだろう。刃の当たった皮膚を布越しに撫で、彼は己の心を披く瞬間を夢想した。
貫き喰らうも、引き千切り捨て去るも、彼女の紅色によって為されるのだけは確実で、だからこそ彼は彼女が好ましいと思う。生きるということに真摯な彼女は、生命の色に相応しく、鮮烈で、愚直だ。

そういう行動理念の持ち主が、「手にしているのか解らない」と眉を顰めるのがどうにも愉快に思えるのだから、たぶん、自分はそれなりに性格が悪いのだろう、とディーマガランスは今更ながらに気が付き始めていた。
だから、おそらく。口布で相手に見えない笑みは、企みを前にした悪党に良く似ていた。


愛してくれと乞うことと、愛を与えることに然したる違いは無い。
向けた矛先が弾かれるかどうかを恐れ、柄を握る手は固くこわばっている。
そうして彷徨う視線がかちあったとき、なんだか滑稽な自分に気が付いて、笑いあうような相手を欲しがっている。
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