薬草を摘む少女は獣の気配に気づかない。
「おや、お嬢さん。一人では危ないですよ」
「わ、ひゃああ!?」
そうして驚いた彼女は屈んでいた姿勢のまま。ころり、と、前に転がってしまった。
(…悪いことをしてしまいましたね)
珍しく、ばつの悪いような気持ちを覚えて。白い孤高の虎は、変化態を取り、散らばった薬草の中で地に手をついた少女に、手を差し出しかけて―――少女が『汚してしまう』と気遣うだろうと予想し、白手袋を脱いでから、もう一度、差し出し直した。遠慮などさせない、というように、笑顔には少しだけ威圧感を塗布しつつ。びくびくとその手をとった少女を立ちあがらせて、制服のスカートや足についた土を払ってやる。そうして自らも折っていた膝を伸ばすころには、少女は耳まで真っ赤に染めていた。
…どうも今日は、裏目裏目に出るような気がする。
「夏のお祭に、使おうとしてるです」
黙々と薬草を摘む少女の手に収まった籠には、なるほど、祭りの時期には街中のあちこちに飾られる草花が詰まっていた。主達のような魔術師でなくともよく見かける、半ば雑草のようなそれらは、広く人々に親しまれ続けている。ニクス自身も、主に出す茶菓子の風味づけとして、その香りには良く助けられていた。
少女に手を貸すことも考えたが、確か、地域によっては『自分の手で』摘むことに意味があったのだと―――うろ覚えの知識を思い出した彼は、木陰で寝そべり涼む方を選んだ。ざあ、と、樹が風に鳴き、ニクスはゆっくりと瞼を閉じる。風が止むと、少女のぷちぷちと草を摘む音だけがそこにある唯一の音となった。
さて、彼女が立ちあがったときに起きていられるかどうか、それが問題だ。
まどろみながら彼は考える。
彼女が持つ籠を素直に預けさせるには、一体どのような言葉と態度が適切であるのか―――再び笑顔で圧力をかけるのは芸が無い。紳士を気取り、無駄にしてくれるなと困ったように笑おうか。それとも、平原風の言い伝えを教えてやって、硬直している間に奪い取ってしまおうか。
こちら風の6つの薬草に、もうひとつ、頭をもたげるほど重い花を咲かせたスイセンを添えて枕元に置くと、若き乙女の恋が叶うのだと。
ああ、でも。それならきっと、少女は一人探しに出かけてしまうかもしれない。
(着いていくのは、少し骨が折れますね)
うとうとと。
夏の風に、白の毛並みが揺れた。
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